「本郷短歌」「穀物」などに参加していた作者の第1歌集。
剝かれたる梨のあかるさ身のうちに蜜をとどむるちから満ちつつ
読み終へし手紙ふたたび畳む夜ひとの折りたる折り目のままに
犬飼ふを勧められたる夕べよりしづけさはしなやかに尾を振る
鳥去りて花粉散りたる花の芯ながく呼吸をととのへてゐる
触るるなく見てゐしもののひとつにて海は合掌のごとく暮れゆく
魚跳ねてうをちひさきを また跳ねてみづのふかきを港におもふ
鉄橋とすすきまじはる川辺より四肢冷えきつて立ち上がりたり
風みえて欅散りをり木版のごとくかするる西陽のうちを
窓鎖して朴の花より位置高く眠れり都市に月わたる夜を
くちなしの香るあたりが少し重く押しわけて夜のうちを歩めり
日暮れにはまだ時ありて蜂は音、蝶は影とぶあざみのめぐり
胸骨を手放す時刻 頭(づ)を垂れて生への門を閉ざせる時刻
揚雲雀喉ひらくとき体内にひとすぢ初夏の陽は至りゐむ
はるかに曳かれゆきたるごとく雪の上(へ)に累々と人の跡つらなりぬ
みづからの顔をおほかた裂きながら青鷺は大き魚のみくだす
1首目、果汁をたっぷり含む梨のみずみずしさ。後半タ行音が響く。
2首目、相手の人が紙を折ったときの手の動きが見えてくるようだ。
3首目、まぼろしの犬の尾の動きだけが部屋に存在しているみたい。
4首目、乱暴者(?)の鳥が去った後に花が平常心を取り戻すまで。
5首目、「合掌のごとく」が印象的。海の存在感の大きさと祈りと。
6首目、最初は魚にだけ目が行ったが次は海の深さが思われたのだ。
7首目、「四肢冷えきつて」に長い時間しゃがんでいた実感がある。
8首目、葉が散ることで風の筋が見える。ざらっとした西陽の感じ。
9首目、マンションの部屋だろう。人工物と自然との対比的な構図。
10首目、三句を字余りにしたことでリズムも「少し重く」なった。
11首目、「蜂は音」「蝶は影」の対句が鮮やか。本体でないもの。
12首目、医療現場を詠んだ一連から。心臓マッサージを終える時。
13首目、雲雀の体に差す一筋の光。レントゲン写真を見るみたい。
14首目、ただの足跡なのにまるで囚人の列が過ぎて行ったようだ。
15首目、語順がいい。餌を捕る動きが迫力をもって伝わってくる。
2025年2月3日、港の人、2200円。