私がリルケの『若き詩人への手紙』を初めて読んだのは大学生の頃だった。新潮文庫の高安国世訳のものである。当時私は大学でドイツ文学を専攻しており、高安国世の名前はドイツ文学者として、リルケの翻訳者としてよく知っていた。
その頃の私は短歌にはまったく興味がなかったので、高安が歌人であることは知らなかった。高安がドイツ文学者であるとともに歌人であったことを知るのは、1996年に「塔」に入会してからのことだ。
『若き詩人への手紙』には、今読み返しても胸を打たれる部分がたくさんある。
あなたは御自分の詩がいいかどうかをお尋ねになる。あなたは私にお尋ねになる。前にはほかの人にお尋ねになった。あなたは雑誌に詩をお送りになる。ほかの詩と比べてごらんになる、そしてどこかの編集部があなたの御試作を返してきたからといって、自信をぐらつかせられる。では(私に忠言をお許し下さったわけですから)私がお願いしましょう、そんなことは一切おやめなさい。
孤独であることはいいことです。というのは、孤独は困難だからです。ある事が困難だということは、一層それをなす理由であらねばなりません。愛することもまたいいことです。なぜなら愛は困難だからです。人間から人間への愛、これこそ私たちに課せられた最も困難なものであり、窮極のものであり、最後の試練、他のすべての仕事はただそれのための準備にすぎないところの仕事であります。
こうした文章に大学生の私は深く感じ入ったものだ。リルケの言葉が高安の翻訳によってすーっと美しく胸に沁み込んでくる。
(この項つづく)