「塔」所属の作者の第2歌集。前作『まぶしい海』は短歌だけでなく日記やエッセイも収めた作品集なので、「歌集」にはカウントしていないようだ。
・『虹を見つける達人』(2020年)
https://matsutanka.seesaa.net/article/476161815.html
・『まぶしい海 ― 故郷と、わたしと、東日本大震災』(2022年)
https://matsutanka.seesaa.net/article/486137241.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/486186998.html
都会での一人暮らし、そして故郷の宮城県女川町に戻ってからの生活。ひりひりするような心情を詠んだ歌も入っている。
うっすらと雪平鍋に染みついた線は一人分の味噌汁の嵩
自販機で買った緑茶がへこんでるゴールデンウィーク最終日
たちあおい 比べるなって言いながら一番比べているのはわたし
建設中のマンションの前に停まってるトラックにたくさんの浴槽
セーターの毛玉ちみちみつまみつつ広告動画が終わるのを待つ
友はもう母をおばあちゃんと呼んでいてわたしの裡を野分がめぐる
わたしの中に女があるのはいいけれど女の中にわたしは居たくない
結婚をするのも仕事の一つにて家族経営のどん詰まりにいる
幸せの定義は深く考えない かっぱえびせんを覚えたかもめ
親戚がほとんど枝のたらの芽やほとんど竹のたけのこくれる
1首目、具体がよく効いている歌。一人暮らしの様子が見えてくる。
2首目、中身には別に問題ないのだけれど、ツイてないなあと思う。
3首目、直立するタチアオイの姿と二句以下の取り合わせが絶妙だ。
4首目、100戸のマンションなら100個の浴槽が必要になるわけだ。
5首目、動画広告を所在なくやり過ごす様子。「ちみちみ」がいい。
6首目、結婚して子を産んだ友人と自分の差を感じて心がざわつく。
7首目、性別は属性の一つに過ぎないのに、窮屈さを感じてしまう。
8首目、水産業を営む実家で男手や跡継ぎを期待される現実がある。
9首目、上句と下句の取り合わせがいい。かもめは無心に食うだけ。
10首目、たくさん採ってきたのだろう。親戚同士の気安さが滲む。
2024年9月18日、短歌研究社、2000円。