「コスモス」「COCOON」所属の作者の第1歌集。
仕事の歌、子育ての歌、日々のできごとや自身のこころと丁寧に向き合う様子がよく伝わってきた。
寝室の洋服簞笥のひきだしのひとつに潮のかをる段あり
電卓を支払調書のうへに置き鮭おにぎりのフィルムをはがす
夕飯のさなかに仕事の電話来て口はわれより上手に話す
なはとびをしばし休みて子はひとり五月の空を聴くごとくゐる
死んでゆくときは頭のほうから?と月見うどんをすすり子は問ふ
カステラのはづむ黄いろを切り分けぬ 切れば切るほどあかるくなりて
曇り日にチェロを負ふ人歩みゆくおとがひをふかく襟にうづめて
子の影はわれより長し面談を終へて冬日の陸橋を行く
消灯あとの部屋にからだを横たへてみな順々に胸の灯を消す
にんげんはほんたうはよいものでせう塩壺にしろき塩を足したり
なんの鍵か分からぬ鍵も付け替へるハワイ土産のキーホルダーに
うたがはず夫を社長と呼ぶ人のネクタイ光る午後の銀行
きみの書く「衣」の字はいつもやはらかい わたしはすこしやはらかくなる
夕焼けの町を歩けばわれでなく夕焼け空が歩み出すなり
雨音のひびきやさしく満ちる部屋生まれなかつた子のこゑ混じる
1首目、簞笥のなかの海。山田富士郎のコインロッカーの歌を思う。
2首目、忙しく仕事しながら簡単に食事を済ます様子が目に浮かぶ。
3首目、仕事以外のモードの時でも話すべきことは口が覚えている。
4首目、縄跳びで遊んでいる時よりも、何だか大人びた姿に見える。
5首目、子どもの発想や質問は大人には予想外で驚かされてしまう。
6首目、下句がいい。切断面が増えるにつれて黄の明るさが広がる。
7首目、内面まで見えてくるような描き方。下句の描写が実に的確。
8首目、相手は今何を考えているのだろうかと思いつつ無言で歩く。
9首目、入院時を回想した歌。同室の人がいてもやはり孤独である。
10首目、上句は『手袋を買いに』を思い出す。下句の具体がいい。
11首目、長年使っていなくても万一のことを思うと捨てられない。
12首目、無意識の男女差別が、仕事する女性にとって障害となる。
13首目、いつもの字を見て気持ちが落ち着く。「衣」ならではだ。
14首目、夕焼けの色合いや雲の移りゆく感じが生き生きと伝わる。
15首目、世間的には存在しなくても自分の中に確かにいた子の命。
2024年11月30日、典々堂、2700円。