新聞社に勤める作者の第1歌集。
或る人々にはつけねばならぬでも二度はつけてはならぬ敬語のルール
殺された人は実名、自殺なら匿名、死者を分ける線あり
ワイパーが消し去るまでのうたかたの星座広がるフロントガラス
四引く一引く一引く一まぎれなく一人となれば広すぎる家
「よお」と言い笑顔みせればなぜ君は詫びる、なんにも悪くないのに
一日にすれば三千五百人。死はありふれたことではあるが
ネモフィラの宴に人も蜜蜂も舌を伸ばして群がっている
腹腔にマングローブを抱きながら〈大発(だいはつ)〉波に洗われており
消毒した人差し指を立てて入るサイゼリヤとはくちなしの花
南無阿弥陀仏(あんまんだぶ)南無阿弥陀仏に唱和する義母(はは)のスマホの「春の小川」は
1首目、皇室の人々のことだろう。新聞記事にはルールが存在する。
2首目、なぜ線引きされているのか、あらためてその理由を考える。
3首目、フロントガラスに付いた雨滴を星に見立てたのが印象的だ。
4首目、家族が一人また一人と減っていってついに自分だけになる。
5首目、ホスピスに入った部下の見舞い。痛切な思いが強く伝わる。
6首目、国内の死者の数。それでも一人の死に対して悲しみは深い。
7首目、次々と花の蜜を吸う蜜蜂とお喋りに興じている人間たちと。
8首目、ニューギニアで朽ちる上陸用舟艇。兵の死体を見るようだ。
9首目、一人で店に来たのだろう。くちなしの花が黙食につながる。
10首目、法要の席に流れる着メロ。読経と唱歌は相性が良さそう。
作者は本名の加古陽治として『一首のものがたり』などの本も出されている。
https://matsutanka.seesaa.net/article/439106767.html
2024年10月3日、ながらみ書房、2500円。