『Lilith』(2020年)に続く第2歌集。
装幀と作品世界がよく合っている。
産むことのなき軀より血を流し見下ろすはつなつの船着き場
落雷に狂ふこころのくらがりに苛々花開くライラック
弑逆のよろこびをもて園丁はむらさきの薔薇の首を落としぬ
撥条(ぜんまい)のほどくるやうに花は咲き地上は壊れゆく置時計
死者なべて身代はりなれば夕かげを羽織れるながき列に加はる
宇宙、しづかに膨張しつつ冷えてゆくからだを金の釦もて留む
縄を綯ふやうにおのれを捩(よじ)りつつ大樹は天をあきらめきれず
鯨骨を天井に吊りその下をゆきかふ魚の敬虔をもて
戦闘服のつもりで着たるノースリーブドレスの肩に触れてくる人
本ののど深く栞を差し込みぬ痛みのごとく記憶は走る
1首目、生理による心の翳りと海の明るさ。句跨りの「つ」が響く。
2首目、「落雷」「苛々」「開く」「ライラック」と音が連鎖する。
3首目、「園丁」という語の選択が日常を離れた世界を感じさせる。
4首目、撥条から時計への展開が鮮やか。神の視点で見ているよう。
5首目、人生とは死の順番を待つ行列に並ぶことなのかもしれない。
6首目、「冷えてゆく」が蝶番のように上句と下句をつないでいる。
7首目、バベルの塔のように天まで達しようとしてもがき苦しむ姿。
8首目、骨格標本から生前の海を泳ぐ鯨の姿が生々しく甦ってくる。
9首目、授賞式で受けたセクハラを詠んだ連作「party talk」から。
10首目、本にも人にも「のど」があり肉体的な痛みが想起される。
2024年7月30日、河出書房新社、2000円。