路の上の牛の糞をばわが小田に放りこみつつ百姓われは
代田搔く親にすがりて牛の仔の無理無体にし乳のまむとす
五月雨の雨に重たき蓑ぬぎて田植がへりは夕映のそら
田の土の煮ゆる土用は吾命(わぎのち)にあくまでも暑しひびかひにけり
泥の手をわれは術(すべ)なみ二の腕にしたたる顔の汗をしごき捨つ
早稲いねの花ざかり田にちりうける花粉(はなこ)を池の鯉あがり食ふ
牛馬は草に放ちて遊ばしむ早苗振すぎてとみに閑けさ
遠き海を過ぎ居るといふ颱風は青天にかぎりなき雲を飛ばせり
田植傭人顔見知る頃は入れかはりこの多き人の中にぞ暮す
月にわたるわが家の田植のけふはてて大早苗振は星合の空
とどろきて花ざかり田に吹きあるる野分に一夜こころ揉まるる
冬に向ふ小庭の池のしづかなる鯉もくはれて少くなりぬ
1首目、牛糞は良い肥料になるので捨てずに田んぼの中へ放り込む。
2首目、牛は貴重な労働力。働く母牛に乳をねだる子牛が愛らしい。
3首目、レインコートなどはなく、雨の日は蓑をまとっての作業だ。
4首目、真夏の田んぼの中は煮えるように暑い。その中で一日働く。
5首目、手のひらは泥まみれなので二の腕で何度も顔面の汗を拭う。
6首目、水田の表面に浮かぶ稲の花粉を鯉がやってきて食べている。
7首目、早苗饗(さなぶり)は田植え終わりの祝い。ようやく一息。
8首目、雲の動きが台風の接近を告げている。天候は農業の生命線。
9首目、田植えの時期には多くの臨時雇いを集めての作業がつづく。
10首目、すべての田植えを終えるまで一か月かかる。星合は七夕。
11首目、暴風の吹き荒れる音を聞きながら、眠れない夜を過ごす。
12首目、鯉は趣味で飼うのではなく、寒い冬の貴重なタンパク源。
米の値の下りに下る嘆きつつ月夜明かきに稲を扱くなり
そろばんに合はざる米をつくりつつ百姓われの愚を押しとほす
生きがたき生活(たつき)に黙(もだ)す田作のその日暮しを政治救はず
凶作になっても豊作になっても米価次第で困窮する農村の状況を見るに見かねて、吉植は衆議院議員に立候補する。「農村問題の徹底的解決が必要となつて来た時、農民代表として推されて、私は立候補することになつた」とある。
1936(昭和11)年、千葉県第2区より出馬して当選。衆議院議員であった父庄一郎と同じ道を歩むことになった。
1941年1月1日、甲鳥書林。