2024年11月21日

吉植庄亮歌集『開墾』(その1)

大正15(1926)年から10年間かけて印旛沼周辺を開墾し、計60町歩の水田にするまでの農作業の日々を詠んでいる。歌数は1000首を超えるが実に面白くて飽きない。

「開墾一年」から始まって「開墾十年」、その後に「附録」として衆議院議員になってからの歌が収められている。昭和初期の農村の疲弊を何とか打開したいという思いが滲む。

やがて戦争へと到る昭和の歴史の貴重な証言として読むこともできるだろう。

塩びきの鮭に茶漬をかき込みて開墾業(わざ)は腹減りにけり
いささかの傷には土をなすりつけて百姓われの恙もあらず
厩より首伸べて馬は土を嗅げり春雨はれてとみにぬくとし
きのふけふにはかに花に咲きにける菜は鶏(とり)にやり豚にたべさす
下男(しもべ)らと競ひ働(ばたらき)にはたらきてをりふし眠る直土のうへ
少女等に放りてくばる苗束の苗のちぎれは手に青青し
向日葵の花にかけ干す仕事着のしたたる汗は乾きたるらし
とり入るる西瓜は馬車に積みあまれり二つ三つ紅く土に割れたり
荒莚畳の上に敷き並めて籾はこぶ人ら土足にはこぶ
土の中に鋤きおこしたる寒蛙生きてゐる眼にものは見ぬらし
しやぼんの泡まねくぬりたるわが手足いよいよ黒し泡の中にて
家堀に養ふ鯉の日和田にあがりてけふも波を押し寄す

1首目、汗をかく作業には塩分が必要。茶漬けもさっと食べられる。
2首目、土で治してしまうところに百姓になった意気込みを感じる。
3首目、春雨が降って土が柔らかに匂う。馬は貴重な労働力である。
4首目、花の咲いてしまった菜花を急いで鶏や豚に餌として与える。
5首目、作者は大勢の人を雇う立場だが率先して自らも働いている。
6首目、田植えは少女たちの仕事。田にいる少女に苗を投げて渡す。
7首目、汗に濡れた仕事着を向日葵に掛けて乾しているのが印象的。
8首目、馬車の荷台からこぼれ落ちて割れた西瓜。豊作だったのだ。
9首目、まだ収獲小屋がないので母屋の部屋に籾を運び込んでいる。
10首目、春先に田起しをしていて掘り出してしまった冬眠中の蛙。
11首目、作業を終えて石鹸で手を洗うと泡が真っ黒になっていく。
12首目、堀と田は水路でつながっていて鯉は自由に行き来できる。

開墾作業の苦労と収穫の喜びが生き生きと伝わってくる。また、牛、馬、鶏、豚、七面鳥、鵞鳥、山羊、蛙、雲雀、雀、鶸、蝗、鯉など、多くの生きものが登場して賑やかだ。

1941年1月1日、甲鳥書林。

posted by 松村正直 at 13:44| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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