2024年10月25日

門脇篤史歌集『自傾』

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『微風域』(2019年)に続く第2歌集。

牛乳の白き水面に生るるあわ野田琺瑯のはだへの熱に
断面にみづはにじみてしろがねの匙もて抉るキウイの果肉
マジックに書かれて198の文字アラのパックのおもてにたわむ
革靴を明日のために磨くときはつかにくゆる火薬のにほひ
みづからにめり込むやうなかたちして昼のオフィスに眠るひとびと
ひときれの鰤のくぐれるせうゆゆゑ暗き水面は輝きを帯ぶ
収集場所に立てかけらるる一本の箒かごみかわからざりけり
ツナ缶に満つる油を捨ててをり蓋の薄きに肉を堰き止め
定年を待たずに辞めるひとのため日暮れの花舗に花を見てゐる
真夜中をまたたいてゐる光源に近づくための脚立をのぼる
窓を向く席のひとつにひとをりて海みるごとく舗道を見つむ
つきだしの茄子の煮浸しつやつやと模様のちがふ皿に盛られて
祖母(おほはは)の漬けし梅干しおほきくて触れたるめしはくれなゐに染む
オピネルのうすき刃は手のひらのうへにのせたる豆腐にしづむ
少しだけ冷たき米の残りゐる冷凍炒飯よく混ぜて食ふ

1首目、琺瑯の鍋に牛乳を温めている様子。琺瑯の優しさを感じる。
2首目、半分に切ったキウイを食べるだけだが、描写と語順が巧み。
3首目、バーコードの値札でなくラップに直に値段が書かれている。
4首目、仕事のための靴なので戦いのイメージが生まれるのだろう。
5首目、デスクにうつ伏せになっている姿。上句の比喩が印象的だ。
6首目、醤油に鰤の脂が滲み出て虹のような色合いが生まれている。
7首目、ゴミとして捨てられた箒か収集場所を掃くための箒なのか。
8首目、日常生活で誰もがやっていることを、丁寧に描写している。
9首目、花束を買いに来たのだろうが「見てゐる」としたのがいい。
10首目「電球」と言わず「光源」としたことで星のように感じる。
11首目、ぼんやりと考えごとでもしているような眼差しが美しい。
12首目「模様のちがふ皿」がいかにも突き出しらしい感じがする。
13首目、下句の描写に亡くなった祖母への追慕の思いが深く滲む。
14首目、オピネルはフランスの刃物メーカー。力を入れず切れる。
15首目、電子レンジで温めた時に中の方にまだ冷たい部分が残る。

食べもの、お酒、煙草を詠んだ歌が多い。
徹底して暮らしの手触りや細部の描写にこだわっている。

2024年8月12日、現代短歌社、2700円。

posted by 松村正直 at 10:29| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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