2024年10月23日

一ノ関忠人歌集『さねさし曇天』


第5歌集。

土瀝青(アスファルト)の罅割れに小さき草の色さがみの国に春来るらしも
古への絹街道(シルクロード)もかくやあらむ寧楽は異国の言語(ことば)に賑はふ
関節がにはかにゆるみだす気配こぶし、もくれんに白き花咲く
をちこちに蟬討死にす。いつのまにか天下分け目の合戦終る
壮大なる錯誤とおもふ。天皇位を継ぐための儀式も即身仏も
散水するホースを抱へ虹創る外国人労働者に笑顔ありけり
きび餅にきな粉をこぼし湯河原の旅をふりかへる妻と笑みつつ
窓の外をラクダの通るけはいする夢とはおもへどけだもの臭き
パプリカにトマト、まぐろのさしみなど赤きをそろへ妻の還暦
御殿場線の窓に来てゐる秋あかね駿河小山の駅に停車す

1首目、春は再生の季節。植物の生命力に明るさを感じ励まされる。
2首目、インバウンドに賑わう奈良から古代のシルクロードを思う。
3首目、冬が終って春が来る様子を身体の感覚に喩えたのが印象的。
4首目、気が付けば夏のピークも過ぎ蟬の亡骸が多く転がっている。
5首目、2019年の大嘗祭のために仮設された大嘗宮を見ての感慨。
6首目、解体現場で働く外国人労働者の笑顔に少しホッとする思い。
7首目、きび餅は湯河原名物。旅行から帰ってきた安堵感がにじむ。
8首目、「けだもの臭き」がいい。匂いのある夢というのは珍しい。
9首目、赤いちゃんちゃんこなどではなく、赤い色の食べ物で祝う。
10首目、富士山近くの小さな駅。のどかな旅の様子がよく伝わる。

2024年6月30日、砂子屋書房、3000円。

posted by 松村正直 at 08:45| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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