昨年、第34回歌壇賞を受賞した作者の第1歌集。
心臓の模式図として黒板に教授が描くハートうつくし
皮膚という袋縫う午後 漏れそうな命はきっと水みたいなもの
治す牛は北に、解剖する牛は南に繋がれている中庭
採算と命の値段のくらき溝 鶏の治療はついぞ習わず
その毒を使わず終える一世(ひとよ)あれセグロウミヘビにヒョウモンダコに
保育士の「おやすみなさい」に潜みたる命令形に影濃かりけり
定番は青ペンらしいベトナムに過ごせば青くなりゆく手帖
ロゼットは春待つかたち床じゅうに教科書ひらくその野に眠る
身離れのよさ褒められているカレイどんな気持ちで煮汁に沈む
おいしさの罪嚙みており嚙みておりかつて光っていたホタルイカ
1首目、ハートの形はもともと心臓の形であったことを再認識する。
2首目、袋の中の「水」に喩えることで命の危うさと大切さを思う。
3首目、人間の決めた命の線引きがはっきり目に見えてしまう場所。
4首目、鶏一羽を治療して助けても、値段が安くて採算が合わない。
5首目、有毒生物への見方が個性的。使わないに越したことはない。
6首目、おとなしく昼寝してほしい場面。命令形であると意識する。
7首目、爽やかで印象的な海外詠。日本では黒になっていくだろう。
8首目、タンポポのロゼットのように自分も新しい春を待っている。
9首目、「身離れのよさ」が完全に人間側の目線だと気付かされる。
10首目、海の中で鮮やかに発光するホタルイカ。その命を食べる。
2024年9月24日、本阿弥書店、2200円。