現代歌人シリーズ38。
『海蛇と珊瑚』(2018年)に続く第2歌集。
位置について よーい終はりのわたしたち とてもきれいなだけの夕暮れ
鞦韆はたれも乗らずに揺れてゐず風もふかずにこの世もあらず
沁み込んだ――滴(しづく)が。甃(いし)に。手のひらに。――血液といふ出口なき川
木から枝、枝からは葉が天へ向け逃れむと手を伸ばし花咲く
朝顔は薄く空気を螺旋せりあなたがゐないことでゐるけふ
iPhoneを落して映る壁紙が床に真冬の海をひらいた
雨に昏い部屋に明かりをつけながら梨を食む梨のなかにも雨が
ふとき本に圧死してゐる栞紐とりだせばまた冬が来てゐる
顔を連れて顔を川辺に坐らせる顔は炎のやうにうつむく
咲(ひら)くとはこはれることで総身をふるはせ春を泳ぐさくらは
1首目、始まることもなく終わってしまったという感覚だけが残る。
2首目、「鞦韆」から始まって、次々に言葉も世界も消えてしまう。
3首目、下句が印象的。確かに血液は身体の外へと出ることはない。
4首目、花とは地上から逃れようとする必死の抗いの姿だったのか。
5首目、不在であることが、かえって濃密に存在を感じさせるのだ。
6首目、スリープになっていた画面が点灯して寒々とした海を映す。
7首目、雨の中に部屋があり部屋の中に梨があり梨の中に雨がある。
8首目、「圧死」がいい。取り出してあげると栞紐も生き返るのだ。
9首目、顔を他者のように詠むことで思い詰めた様子が強く伝わる。
10首目、「咲く」と「こはれる」は正反対のようで実は同じこと。
箴言的な印象に残るフレーズが多く出てくる。
「あなた」「雨」「花」「火」「心」「死」といった言葉が頻出し、同じモチーフが繰り返し詠まれている。
2024年8月20日、書肆侃侃房、2400円。