2024年10月17日

藪内亮輔歌集『心臓の風化』


現代歌人シリーズ38。
『海蛇と珊瑚』(2018年)に続く第2歌集。

位置について よーい終はりのわたしたち とてもきれいなだけの夕暮れ
鞦韆はたれも乗らずに揺れてゐず風もふかずにこの世もあらず
沁み込んだ――滴(しづく)が。甃(いし)に。手のひらに。――血液といふ出口なき川
木から枝、枝からは葉が天へ向け逃れむと手を伸ばし花咲く
朝顔は薄く空気を螺旋せりあなたがゐないことでゐるけふ
iPhoneを落して映る壁紙が床に真冬の海をひらいた
雨に昏い部屋に明かりをつけながら梨を食む梨のなかにも雨が
ふとき本に圧死してゐる栞紐とりだせばまた冬が来てゐる
顔を連れて顔を川辺に坐らせる顔は炎のやうにうつむく
咲(ひら)くとはこはれることで総身をふるはせ春を泳ぐさくらは

1首目、始まることもなく終わってしまったという感覚だけが残る。
2首目、「鞦韆」から始まって、次々に言葉も世界も消えてしまう。
3首目、下句が印象的。確かに血液は身体の外へと出ることはない。
4首目、花とは地上から逃れようとする必死の抗いの姿だったのか。
5首目、不在であることが、かえって濃密に存在を感じさせるのだ。
6首目、スリープになっていた画面が点灯して寒々とした海を映す。
7首目、雨の中に部屋があり部屋の中に梨があり梨の中に雨がある。
8首目、「圧死」がいい。取り出してあげると栞紐も生き返るのだ。
9首目、顔を他者のように詠むことで思い詰めた様子が強く伝わる。
10首目、「咲く」と「こはれる」は正反対のようで実は同じこと。

箴言的な印象に残るフレーズが多く出てくる。

「あなた」「雨」「花」「火」「心」「死」といった言葉が頻出し、同じモチーフが繰り返し詠まれている。

2024年8月20日、書肆侃侃房、2400円。

posted by 松村正直 at 10:00| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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