「没後35年 上田三四二の短歌を読む」、無事に終了。
多くの方にご受講いただき、ありがとうございました。
上田三四二の平明で奥深い歌の魅力は、時代が移っても少しも色褪せることがない。
講座で紹介した20首選。良い歌が多くて絞るのに苦労した。
年代記に死ぬるほどの恋ひとつありその周辺はわづか明るし/『黙契』
若葉道に看護婦のむれ語りゆき木洩日(こもれび)は水のごとくかがやく
夜の駅にもの売る声の冴えとほりみづからの声をたのしむごとし
解剖台にうつさむとして胸のうへの銀の十字架の鎖をはづす/『雉』
感情のなかゆくごとき危ふさの春泥ふかきところを歩む
折りためし千羽の鶴はなきがらを焚く火のなかに啼き交したりや
たすからぬ病と知りしひと夜経てわれよりも妻の十年(ととせ)老いたり/『湧井』
死はそこに抗ひがたく立つゆゑに生きてゐる一日(ひとひ)一日はいづみ
ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも
海を背に餌をつけてゐる釣人は岩のうへ祈るかたちに屈む
瀧の水は空のくぼみにあらはれて空ひきおろしざまに落下す/『遊行』
たんぽぽの穂わたの球(たま)は宙宇なし長茎のうへ透きてしづもる
疾風を押しくるあゆみスカートを濡れたる布のごとくにまとふ
叫喚の声なきこゑの空ゆくと空みつるさくら仰ぎつつをり
シャンデリアのもとの集ひもたけなはか夕雲をわが窓に見てゐる/『照徑』
つくられし尿管に湧く水のおとさやけきあきの水音ひびく
お河童のゆれてスキップに越しゆきぬスキップはいのち溢るるしるし
屋根こえてくる除夜の鐘映像のなかに打つ鐘ふたつ響(な)りあふ/『鎮守』
光ある庭にかけろをあそばせてやまひある身はあそびをたまふ
太陽は晴れたる朝を用意せり卵殻のごと天空ひかる