2024年10月02日

傷痍軍人と国立病院

日本の国立病院(現・独立行政法人国立病院機構)の多くは、戦前の陸軍病院・海軍病院・軍事保護院(傷痍軍人療養所)がもとになっている。

という話を、この夏のオンラインイベント「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか? ― 村山壽春の短歌」でした。

上田三四二は1952年から9年間、京都府久世郡城陽町(現・城陽市)の国立京都療養所(現在の国立病院機構南京都病院)で働くが、ここの前身も1939年設立の傷痍軍人京都療養所であった。

医の業(わざ)をたのしともなく山裾の療舎にわかき十年(ととせ)すぎにき/『遊行』
寝台に正座し待ちし傷痍軍人も診たりきわかき結核医われ

posted by 松村正直 at 23:27| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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