「かばん」所属の作者の第1歌集。
夜道ならぐんぐん進む自転車よハイツやハイムがいっとう好きだ
行かなかった祭りのあとの静けさの金木犀のつぼみの震え
ふた粒ならべるコアラのマーチふたつとも少しかなしい顔をしている
笑いながら見せ合っていた歯や歯ぐき一房のえのきをほぐしつつ
ゆうへい、と唇を湿らせてみる ひとの名前と思えばやさしい
きれぎれのこうふくだろうあなたからレーズンパンを受け取る夕べ
トンネルのすべてに名前があることの どこにもいないぼくらの子ども
考えるときに眉毛を抜く癖ははじめはどちらかのものだった
風のない午後にふたりで出かければ気まぐれに手をつないだりする
風邪の名残りのあなたはちょっと遅れて笑う乾いた米粒をひからせて
1首目、音の響きが楽しい。やや古風な「いっとう」が効いている。
2首目、「行かなかった」に滲む寂しさと秋の季節感がうまく合う。
3首目、かなしく見えてしまう心境なのだろう。「ふた粒」がいい。
4首目、「歯や歯ぐき」と「えのき」のイメージがよく重なり合う。
5首目、音だけ聞くと雄平などの名前にも思えるし幽閉にも思える。
6首目、「こうふく」も幸福であると同時に降伏でもあるのだろう。
7首目、上句から下句への展開が印象的だ。産道に似ているのかも。
8首目、今では二人とも同じ癖があってどちらが先だったかは不明。
9首目、ごくごく自然な幸福感が出ていてシンプルだが気持ちいい。
10首目、韻律的にも少し遅れる感じ。米粒は顔に付いているのか。
2024年6月17日、左右社、1800円。