歴史文化ライブラリー352。
副題は「帝国日本の〈緑の革命〉」。
戦前・戦中のイネの品種改良が、大日本帝国の植民地支配にどのように関わったのかを解き明かした本。〈富国〉〈陸羽一三二号〉〈農林一号〉〈台中六五号〉といった品種が取り上げられている。
品種の改良は収量の増加につながる一方で、化学肥料への依存や在来種の淘汰といったマイナス面ももたらした。それは、戦後の開発途上国における「緑の革命」や現代の多国籍バイオ企業による遺伝子資源の独占といったエコロジカル・インペリアリズム(生態学的帝国主義)につながる問題を孕んでいる。
一連の植民地産米増殖計画のさきがけが、「北海道産米増殖計画」であったことは決して偶然ではない。朝鮮が良質米のフロンティアであり、台湾がジャポニカ米の南のフロンティアであったように、北海道はその冷涼な気候から、稲作一般の北のフロンティアであった。
一方で緑の革命は、新種子に必要な肥料・農薬・水への依存を高めた。この依存構造から抜け出すことは、薬物依存と同じほど困難である。肥料や農薬は多国籍企業が販売した。
〈台中六五号〉をはじめとする蓬莱米は、台湾や八重山列島の稲の品種地図を完全に塗り替えた。しかも、この品種改良技術は、従来、インディカ米が主流だった台湾や八重山列島を、言わば「ジャポニカ米の大東亜共栄圏」のなかに編成しなおすことに成功した。
山口謙三、寺尾博、石黒岩次郎、並河成資、磯永吉など、多くの育種技師たちのエピソードも載っている。永井荷風の弟で朝鮮農事試験場に勤めた永井威三郎や、夢野久作の子でインドの砂漠の緑化を推進して「グリーン・ファーザー」と呼ばれた杉山龍丸も登場する。
科学者たちが生涯をかけて取り組んだ品種改良が、結果的には大日本帝国の植民地支配に加担することになった。そのあたりをどう評価すべきかは、非常に難しい問題だと思う。
2012年9月1日第1刷、2021年4月1日第2刷。
吉川弘文館、1700円。