2024年08月20日

一ノ瀬俊也『東條英機』


副題は「「独裁者」を演じた男」。

旧日本軍関連の本は多く出ているが思想的に偏っているものもあるので、まずは信頼できる書き手のものを選ぶ必要がある。本書の著者も私にとってその一人だ。

太平洋戦争開戦時の首相であり戦後A級戦犯として処刑される東條英機の生涯について、数々の資料をもとに客観的に描いている。頑迷な精神主義者のように言われることも多い東條だが、実際には総力戦体制作りを含め相当に物量を重視していた。

昭和初年の日本陸軍の課題は、工業生産力や技術力に劣る日本が、欧米の総力戦体制にどう追いつくかにあった。東條は、中堅軍事官僚としてその実務を担っていたのである。
この対立はいわゆる統制派と皇道派の対立と呼ばれる。両派の違いは、精神主義的で対ソ戦志向の皇道派と、部内の統制を重視して対ソ戦より総力戦体制整備を進めようとする統制派、というように説明される。
東條の「思想戦」や「経済戦」そして「国民の給養」に気を遣う態度は、彼の個人的なものというよりは、第一次世界大戦後の陸軍が組織として主に敗戦国の独国より得た教訓≠ノ根ざしたものとみた方がよい。
航空戦の「総帥」たらんとして結果的に失敗し、敵の空襲で国を焦土と化させた東條を批判するのは簡単だが、彼のやり方を戦時下の国民がどうみていたのか、という観点もあってよいはずである。

空襲による惨禍について、東條はかなり早い段階から十分な認識をしていた。1933(昭和8)年の講演会「都市の防空」の中で、

都市に対する空襲の効果を具体的に知るには、かの関東大震災当時を想起するのが最も早道である。
震災は一個の自然力であったが、今日では、簡単な人力をもって、この程度の惨害なら一瞬にして実現し得る。

と述べている。

何とも皮肉な話だが、いわばこの予言通りの結末に向かってその後の歴史は進んで行ったのであった。

2020年7月20日第1刷、2020年12月5日第5刷。
文春新書、1200円。

posted by 松村正直 at 09:51| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。