それぞれにかくも異なる犬つれて人びとあるく夜明けの道を
年とりて気がつきやすくこのごろは手袋おとせばかならず拾ふ
電線をコイルのやうに巻く蔓は夢みるごとし根つこ断たれて
一メートルほど上空にひらひらと凧連れて児はむやみに走る
大声で「カメ」と言ふ子は亀ゐるを告ぐるにあらず亀を呼ぶなり
低気圧近づきたれば頭(づ)のなかをうしろへうしろへ魚が泳ぐ
冬の陽はただあたたかくテーブルの胡桃の影に凹凸のなし
えんぺらを抜き墨袋ぬき軟骨をぬきてなめらかな空洞とせり
数日を置きても固きアボカドのクレヨンのやうな食感をはむ
伝染病はいつしか感染症となり自己責任の気配濃くなる
2015年から2020年までの作品494首を収めた第12歌集。
読み終えると付箋だらけになってしまう面白さ。
1首目、一口に犬と言ってもチワワも柴犬もシベリアンハスキーも。
2首目、以前はよく紛失したのだろう。話の展開にユーモアがある。
3首目、結句で光景がはっきりする。もう生きてはいない蔓なのだ。
4首目「連れて」という動詞が絶妙。高々と空に上がることはない。
5首目、大人と違って亀に向かって「カメ」と呼び掛けているのだ。
6首目、気圧の変化の影響を独特な身体感覚で表現していて面白い。
7首目、発見の歌。実物の胡桃には細かな凹凸があるが影にはない。
8首目、イカを調理する時の様子。「なめらかな空洞」が印象的だ。
9首目、下句の比喩がいい。食感とともに色合いもクレヨンっぽい。
10首目「うつす」と「うつる」、どちらに重点を置くのかが違う。
2024年7月11日、砂子屋書房、3000円。