副題は「失われゆく身体技法」。
水や芋や魚などを頭に載せて運ぶ頭上運搬。今も世界各地で行われ、かつては日本でも見られたこの運搬方法は、どのようにして可能になり、どうして失われていったのかを追究した本。
非常におもしろい。
頭上運搬ができる人たちは、絶対に頭上にのせた荷物を落とさない、落としたことがない、落とした人も見たことがない、という。
今や、自動車もあるし、頭にのせてものを運ばなくてもよくなってはいるのだが、頭にものをのせて運べたころの、自分の身体への理解と直感の力、意識の力がなくなってくることが、私たちの人間としてのあり方になんの影響もない、とどうしていえようか。
彼女たちの言う「何の練習もしていないけれど、やろうと思えばできた」という言葉には、人間本来の身体づかい、というものについての、大いなる示唆が隠されている。
生活環境の変化に伴って失われた身体技法を取り戻すのは容易ではない。生活が便利になる一方で、私たちは身体がもともと持っていた力を失いつつあるのかもしれない。
著者紹介を見ると、「ロンドン大学PhD(疫学)」「ブラジルで約十年間暮らした」「国立公衆衛生院疫学部に勤務」「津田塾大学学芸学部教授」「八重山で女性民俗文化研究所主宰」と、一人の人物とは思えないほど多彩な経歴を積んでいる。
でも、それらすべてが別々のものではなく、この人の中ではゆるやかにつながっているのだろう。
2024年3月30日、光文社新書、860円。