林芙美子の住んだ場所、旅した場所の写真と文章+解説(橋本由起子)という構成で、冒頭に「旅という覚醒」(角田光代)と題する芙美子論が載っている。
この人の旅は「観る」旅、つまり生活の上澄みにある部分をさらっと眺めていく観光旅行では、けっしてなかった。また、「ひとり旅」であるというのも、この作家にとって重要だったように思う。だれかとともにいると、目線の直接性が失われるのだ。(角田光代)
この論は芙美子の旅の本質をよく明らかにしていると思う。
取り上げられているのは「門司」「尾道」「東京」「パリ」「北海道」「北京」「屋久島」「落合」の8か所。
現在の日本では、屋久島は、一番南のはずれの島であり、国境でもある。(林芙美子「屋久島紀行」)
小説「浮雲」の取材で芙美子が屋久島を訪れたのは1950年4月のこと。成瀬巳喜男監督の映画「浮雲」を観たことがあるが、なるほど、屋久島が舞台なのはそういうわけだったのか。
沖縄返還が1972年であるのはよく知っていたけれど、奄美群島も1953年の返還まではアメリカ軍の統治下にあったのだ。
この本を読んで一番良かったのは、芙美子が晩年暮らした家が「新宿区立林芙美子記念館」として現存しているのを知ったことだ。
三百坪の地所を求める事が出来たが、家を建てる金をつくる事がむずかしく、家を追いたてられていながら、ぐずぐずに一年はすぎてしまったが、その間に、私は、まず、家を建てるについての参考書を二百冊近く求めて、およその見当をつけるようになり、材木や、瓦や、大工に就いての智識を得た。(林芙美子「家をつくるにあたって」)
芙美子の家に対する強いこだわりがよくわかる。東京に行く機会にぜひ訪ねてみよう。
2010年11月25日、新潮社 とんぼの本、1400円。