2015年から2022年までの414首を収めた第10歌集。
糞(まり)を痢(ひ)る直前にかくをろをろと土をまさぐる夕べの犬は
手のひらに顔を覆へり手のひらは顔を覆ふにちやうどよき幅
川べりを歩みつつ読む歌のうへに雨粒は落ち雨となりたり
先生をするのが好きで好きでたまらない若きらを憂しとまでは言はねど
曳き舟を舫(もや)ふロープは毛羽だちて水の面(つら)すれすれに撓みぬ
「あり得たかも知れぬ人生」などはない八つ手の花がなまじろく咲く
「杉はもうそろそろ終り」と言ふこゑがマスクの底の息ゆ漏れ来ぬ
みづ浅きなかに苦しむ鯉ありて脊梁といふは常にのたうつ
うつくしき蔦の紅葉を引き剝がしけさ冷えびえとしたる石垣
それぞれに大帝の名を享け継ぎてウラジーミル・プーチン、ウォロディミル・ゼレンスキー
1首目、「まり」「ひる」という古語が印象的。犬の本能的な仕種。
2首目、もちろん顔を覆うために手があるわけではないのだけれど。
3首目、ぽつんと一滴が落ちて、それから本格的な雨になっていく。
4首目、夢や希望に溢れた若い教員に対する羨望も混じった反発心。
5首目、描写が細かく丁寧。水に浸からず「すれすれ」なのがいい。
6首目、あれこれ空想してみたところで人生は誰にでも一度きりだ。
7首目、花粉の話だろう。花粉症の人の辛そうな様子が目に浮かぶ。
8首目、鯉が背をくねらせている姿から人間の苦しみへ思いは及ぶ。
9首目、色彩を失って寒々とした石垣。もとの姿に戻っただけだが。
10首目、ロシアとウクライナの歴史には共通する部分が多くある。
2024年4月14日、砂子屋書房、3000円。