2024年05月08日

前川佐美雄『秀歌十二月』


1971年に筑摩書房から刊行された単行本を文庫化したもの。

もともと1964年に大阪読売新聞に連載した文章をまとめて、1965年に筑摩書房の「グリーンベルト」シリーズの1冊として刊行された本である。


万葉集から古今、新古今、近世和歌、近代短歌までの計154首を取り上げて、鑑賞文を記している。磐姫皇后、柿本人麿、大伯皇女、大伴家持、西行法師、式子内親王、源実朝、藤原定家、伏見院、田安宗武、橘曙覧、落合直文、正岡子規、与謝野晶子、会津八一など。

1月から12月まで時期ごとに分けて、一人につき2首のペースで鑑賞していて読みやすい。近代歌人については、著者との関わりなどのエピソードも交えている。

この歌の発表されたころだったろう。落ちぶれた茂吉の姿が新聞か雑誌に載ったことがある。(…)私は胸のつまる思いをした。たちまちそれを十五首の歌に作り「斎藤茂吉氏におくる」と題して、書き下し歌集『紅梅』に収めた。
吉井勇がある時、突然私に晶子の「白桜」はいいよと話し出したことがある。晶子の歌は初期だけだ、あとはしようがないといつもいう勇であっただけに、私は不思議な思いをしたが(…)
千亦は昭和十七年七十四歳で亡くなるまで、一生を水難救済会のためにつくした。(…)誠実、また任侠の人で多くの歌人が恩に浴した。古泉千樫、新井洸しかり、若き日の私もその一人である。

また、歌の背後にあるものを必要以上に推測し過ぎないように注意している点も印象に残った。

けれどもそれは考える必要がない。背後に考えるのはさしつかえないとしても、それを表に出していうと、歌をそこなうことになるだろう。ことばにあらわされただけを、その調べだけを感じとればよいのだ。
これは憶測で、憶測はなるたけしない方がよいが、(…)けれどもそれを口にしてはいけないのだ。ことばに出していうと歌を傷つける。感じとっておくだけでよいのである。

口にしてはいけないと自ら戒めつつ、それでも結局書いているのが面白い。そのあたりのせめぎ合いも、歌の鑑賞の見どころと言っていいだろう。

2023年5月11日、講談社学術文庫、1050円。

posted by 松村正直 at 10:50| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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