「かりん」所属の作者の第1歌集。2017年から2023年までの作品を収めている。仕事や社会問題に関する歌が多い。
永遠に上りつづける階段のだまし絵のなかの勤め人たち
舗装路に大穴のあくニュースあり洞の上行くスーツのひとら
からだ中ひかる警備の男いて闇に溶けないこともかなしい
七割が再現部分の土器ありきその三割を縄文と呼ぶ
春の水からだを通って抜けていく鯉の肉わずか甘くしながら
枝先の蟻や蛞蝓てらてらの四十五リットル袋に入れられ
病窓の灯り灯りにいのちあり冬の夜ことに明るくみえる
五百羅漢のようにぽつぽつ立っている通学区域のおじいさんたち
おむつからおむつに終わる人生よボクサーパンツが風に揺れてる
弟の挽歌を毎年つくるべしわが黒き森の枯れないように
1首目、エッシャーの絵の中にいるように繰り返される日々が続く。
2首目、思いがけぬ落とし穴は道路の下だけでなくあちこちにある。
3首目、暗闇の中に一人だけ光って仕事している警備員の孤独な姿。
4首目、修復が目立っていて縄文土器と呼ぶのを少しためらう感じ。
5首目、下句がいい。季節によって池の鯉の体も変化するのだろう。
6首目、剪定された枝とともにゴミ袋へと入った虫がなまなましい。
7首目、夜に灯る部屋の明かりは入院患者一人一人の命の証である。
8首目、登下校の時間帯の見守り。「五百羅漢」の比喩が印象的だ。
9首目、ボクサーパンツを穿いたまま一生を終えられる人は少ない。
10首目、弟の死の意味を問い続ける覚悟でもあり苦しさでもある。
2024年3月26日、角川書店、2200円。