副題は「奥村晃作のうた」。
奥村晃作の第1歌集『三齢幼虫』(1979年)から最終歌集『蜘蛛の歌』(2023年)までの18冊から110首を選んで鑑賞文を記した本。
長年奥村に師事してきた著者ならではの深い分析が随所に光る。また、親しい者しか知らないような奥村の個人的なエピソードも出てくるのも楽しい。
社会的・人間的規制の内側にあって、却ってひらめくような「ワイルドネス(本能)」といったものの光・力動というものを、奥村ただごと歌は常に掲出し、あぶり出している。
奥村の思想の根底、「一つの」「一人の」という、イデア志向があることに幾度か触れてきた。一つのこと、一人の行動・思考が、状況を動かす。そしてその一つの、一人の営為によって、奥村の認識が「改まる」のだということ。
奥村は徒歩及び自転車のひとであり、自動車乃至自動車社会を様々な角度から詠う。
奥村の現代ただごと歌、それは情(こころ)の歌であり、それは物に即して、こころの余計な装飾を避け(かなしい、寂しい等)その流れを示していくもの。
奥村がただごと歌で示していること、それを哲学的な面で捉えるのならば「我々は何を、知っている、分かったと言い得るのか」その範囲とは何処までを言えるのか、ということだろうと、私は解釈している。
1首につき1〜2ページ程度の鑑賞文という構成で、とても読みやすい。いろいろな歌人について、こうしたスタイルの本が出るといいなと思う。
最後に、110首の中から特に印象に残った歌を引こう。
縄跳びを教へんと子等を集め来て最も高く跳びをり妻が/『三齢幼虫』
大男といふべきわれが甥姪(おひめひ)と同じ千円の鰻丼(うなどん)を待つ/『鴇色の足』
タラバガニ白肉(しろにく)ムシムシ腹一杯食べて手を拭きわれにかへりぬ/『都市空間』
転倒の瞬間ダメかと思ったが打つべき箇所を打って立ち上がる/『ピシリと決まる』
スティックに切りしニンジン分け持ちて子らは腹ペコ山羊へと向かう/『ビビッと動く』
コスモス叢書の番号が「第1234編」であるのも、この本によく合っている気がする。
2024年2月20日、六花書林、2000円。