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草もえろ、木の芽も萌えろ、すんすんと春あけぼのの摩羅のさやけさ
前登志夫『樹下集』(1987年)
山野に到来した春の喜びと自身の肉体を重ね合わせた歌。アニミズム的な世界観を背景に、生命感あふれる一首となっている。
アンソロジーにもよく採られる有名な歌だが、もしかすると次の歌を踏まえているのかもしれないと気が付いた。
キシヲタオ……しその後(のち)に来んもの思(も)えば夏曙(あけぼの)のerectio penis
岡井隆『土地よ、痛みを負え』(1961年)
60年安保闘争の高揚とその後の退潮や挫折への予感を含む歌で、政治と性を重ね合わせるのは岡井の得意な手法である。
両者を比べると
・上句に命令形がある。
(「キシヲタオ……」は「岸を倒せ」というスローガン)
・「春あけぼの」と「夏曙(あけぼの)」
・「摩羅」と「penis」
と、見事なまでに符合している。
どちらの歌もそれぞれの作者の代表作と言ってもいい名歌だが、背後にはこんな隠された(?)共通点があったのだ。そこに、1926年生まれの前と1928年生まれの岡井という2人の歌人の関わりを読み取ってもいいのかもしれない。
右翼の木そそり立つ見ゆたまきわるわがうちにこそ茂りたつ見ゆ(『朝狩』1964年)
という歌を初めて知った時、岡井が内なる政治と性とを重ね合わせているように感じて、こんな歌あるんや、とビックリしました。
確かに「そそり立つ」「茂りたつ」には男性器のイメージがあります。
他にも、60年安保を詠んだ「海こえてかなしき婚をあせりたる権力のやわらかき部分見ゆ」なども有名ですね。