
1990年刊行の『四月の魚』以降の約30年の作品を収めた第2歌集。
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みたこともないのにぼくの心臓のいろのゆうべの天の橋立
月光に触れることなく生きるのも愉悦というかシロシタカレイ
愛はときにはさんま定食 むらさきのひかりに浮かぶきみの横顔
洗濯機の上の突っ張り棒にきょう二枚のバスタオルの天の河
湯の中で踊る一枚のだしこぶは明るい独身の叔父さんである
歌は石でも雲でもなくて校庭のすみれの空を刺すのぼり棒
細胞膜はあっても細胞壁はないわたしとあなたでのぼるやまなみ
午後二時のぼくらがおりたあとのバス二人の老婆のしゃべる宇宙だ
タイカレーふたりで食べにいくのです 蘭鋳を闇に泳がせたまま
「午後」と「紅茶」のようにきわどく一ヵ所で繋がっているきわどく深く
1首目、夕焼けに染まる天の橋立。心臓の色に喩えたのが印象的だ。
2首目、大分県日出町の名産。海の底に棲む鰈と月光の取り合わせ。
3首目、初二句に驚かされる。日常の中にある愛の豊かさを感じる。
4首目、一枚でなく二枚なのがポイント。二人の暮らしを思わせる。
5首目、下句の断定に妙に説得力がある。気ままに生きている感じ。
6首目「校庭の隅」かと思うとそうではなく「菫の空」とつながる。
7首目、上句の親密な感じがいい。動物だから当り前なのだけれど。
8首目、まるで別世界のような空間に、二人の声だけが満ちていく。
9首目、部屋の電気を消しただけなのに、下句に深い味わいがある。
10首目「午後の紅茶」の「の」が持っている強引なまでの接続力。
2023年12月13日、現代短歌社、2700円。