2018年から2023年の作品496首を収めた第9歌集。
猫のこと話してをれば猫の耳すこし大きくなりて立ちたる
川こえて倒れたる樹のよろこびは月光の夜にけものを渡す
公園のつつじのはなの生垣をあるくすずめはときどき沈む
山をゆく五人家族でありし日の筑波山にはふたたびゆかず
廃線の橋わたりゆく紅葉の谷間より湧く霧踏みながら
調剤を待つまの窓にカーブスのマシンを走るひと見えてをり
つつつつと歩きて道をわたりゆく喫水線の白きせきれい
橡のはな数へゐるとき風がふき天辺からまたかぞへなほせり
ちりとりの先でみみずを剝がしたり白じろとSの形がのこる
柳川の堀端に咲くくれなゐの椿はみづに散るほかはなき
1首目、自分のことが話題になっていると感づいているのだろうか。
2首目、思いがけない形で橋となり生きものたちの役に立っている。
3首目、見え隠れする様子を「ときどき沈む」と表現したのがいい。
4首目、かつての家族旅行のことを懐かしく寂しく思い出している。
5首目「霧踏みながら」がいい。高所を歩くときの不安感が伝わる。
6首目、薬局で座っている人とフィットネスクラブで走っている人。
7首目、背が黒くて腹が白いセグロセキレイ。「喫水線」が絶妙だ。
8首目、枝葉が揺れてどこまで数えたかわからなくなってしまった。
9首目、乾いてこびり付いていたみみずの死骸。なまなましい描写。
10首目、そこで咲いたからには堀の水に落ちる運命になっている。
2023年10月1日、本阿弥書店、2700円。