昨日までは大衆の注意を引かざりしウクライナに今戦火は及ぶ
/道久良
ぱっと見たところ2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻を詠んだ歌と思うだろう。ところが、そうではない。出典は「短歌研究」1941年8月号。この年の6月に始まった独ソ戦を詠んだものなのだ。
第二次世界大戦でドイツとソ連は激しい戦いを繰り広げた。当時ソ連領であったウクライナにもドイツ軍が攻め込み、キエフ(キーウ)やハリコフ(ハルキウ)が戦場となった。
当時の短歌雑誌を読むと、独ソ戦の舞台であるウクライナを詠んだ歌がいくつも見つかる。
五百五十のソ聯機がみな火を吐きてウクライナ平原に砕け果てけむ
/藤田富雄「アララギ」1941年8月号
ウクライナの野よ村よ読み親しみしゴーゴリを憶ふ戦の報道(ニユース)に
/前山周「アララギ」1941年9月号
ウクライナの麦枯れそめて陽炎のたつ間潮なしドイツ兵きたる
/高橋絃二「橄欖」1941年8月号
ウクライナ湿地に進む戦車隊の写真に見入る雨の今宵を
/三浦実「ポトナム」1941年9月号
ウクライナ地域に突入せしは独羅聯合機械化部隊としるされありき
/林田寿「ポトナム」1941年9月号
穀倉地ウクライナ今は独軍の包囲の中に麦は刈られぬ
/小山誉美「日本短歌」1941年10月号
2首目の「ゴーゴリ」はロシア帝国時代のロシアの作家だが、その出身地は現在のウクライナである。
5首目の「独羅聯合軍」の「独」はドイツ、「羅」はルーマニア(羅馬尼亜)。ルーマニアも枢軸国の一員であった。
3首目や6首目を読むと、昔も今もウクライナは麦畑の広がる穀倉地帯であることがよくわかる。
現在の戦争を考えるには、歴史的な背景を知る必要がある。その際に、こうした過去の歌を参照するのは一つの有力な方法と言っていいだろう。