353首を収めた第19歌集。
あとがきに「短歌人生の総括としての最終歌集を出したいと思い、出すことにした」とある。
武蔵小杉のタワーマンションに多摩川も入れてスマホの写真に収む
動物園生まれの子象が走りたりそれなりに広い敷き砂の上を
壮年の体の癌はバリリバリリ音立てて増殖するとぞ聞けり
向き合って一言も言葉交わすなく交互に黒石白石を置く
コロナウイルスのお蔭で東京の秋の空とことん澄みて浮かぶ白雲
前線で戦う兵士こそあわれウクライナのまたロシアの若者あわれ
黄の花が咲けば目立ちて線路沿いにセイタカアワダチソウ群れて咲く見ゆ
無尽から帰宅の父はごきげんでラバウル小唄を歌い踊りき
22階の部屋に目覚めて朝食は38階、バイキングとぞ
「五月雨を集めてすずし最上川」芭蕉の詠みし発句ぞこれは
1首目、縦と横、人工物と自然の取り合わせが印象的な一枚になる。
2首目「それなりに」がいい。本来の環境とは比べるべくもないが。
3首目、まさか本当に音がするわけではないだろうが、何とも怖い。
4首目、仲が悪いのかと思ったらそうではなく囲碁をしている場面。
5首目、コロナ禍の弊害は多く歌に詠まれたが、これは良かった点。
6首目、利権とも大義とも関わりのないところで死んでいく兵たち。
7首目、花の咲く時以外はあまり意識して見ていないことに気付く。
8首目、地域の寄り合い的な宴会。戦時歌謡を歌う父のもの悲しさ。
9首目、高層ホテルに泊まるとまるで空中都市に住んでいるみたい。
10首目、大石田に残る芭蕉の直筆。『奥の細道』では「早し」に。
2023年12月19日、六花書林、2600円。