2024年01月26日

香川ヒサ歌集『The quiet light on my journey』

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2015年から2023年までの作品381首を収めた第9歌集。

アルプスの地下水詰めしボトル買ふ土の匂ひのせぬ地下駅に
讃美歌で始め讃美歌で終へる会今年度予算決める時にも
その中を生きるほかなき今の世のキッチンに洗ふグラスが薄い
喜んで伺ひますと返信す感情は約束できないものを
新聞とテレビに目と耳塞がれてゐたがスマホに手も塞がれる
「はやぶさ2」が小惑星より採り来れば岩のかけらを寿ぎてをり
音もなく光の襞より現れし蝶は入りたり光の襞へ
マスクした人の不安が満杯の十六両編成「のぞみ」発車す
マーケットで買ふ生姜入りビスケットさくさく歳晩過ぎますやうに
肖像画に見る見も知らぬ人の顔セリーナ・シスルウェイトの顔

1首目、現代人の日常だが言葉にすると実に奇妙なことをしている。
2首目、全く縁のなさそうな二つのことが同じ場で行われる不思議。
3首目、一瞬で壊れてしまいそうな危うさの中で日々を生きている。
4首目、実際に伺う段階になって自分が喜んでいるかはわからない。
5首目、メディアの発達に人間の感覚や思考が次々と侵されていく。
6首目、マスコミによる過剰な盛り上げ方を皮肉っぽく詠んでいる。
7首目、明るい日差しの中を飛ぶ蝶。「光の襞」という表現が巧み。
8首目、1300人もの人々が感染を怖れて全員マスクしている空間。
9首目、上句が「さくさく」を導く序詞になっている。楽しそうだ。
10首目、絵に描かれ美術館に展示され死後も長く見られ続ける人。

近代短歌を本歌取りした歌も何首かある。

金色の小さき鳥の形した銀杏か百年散り続けをり
金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に
/与謝野晶子『恋衣』(1905)
このくにの空を飛ぶとき悲しみしかりがねをりけむ大震災後も
このくにの空を飛ぶとき悲しめよ南へ向かふ雨夜かりがね
/斎藤茂吉『小園』(1949)

2023年12月24日、ながらみ書房、2200円。

posted by 松村正直 at 08:40| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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