「歌人入門」シリーズの9冊目。
これまでのラインナップは石川啄木、斎藤茂吉、北原白秋、森鷗外、寺山修司、山崎方代、落合直文。どれもコンパクトで読みやすく、歌人の名歌や代表作、歌風の変遷、生涯などを知ることができる。
本書は岡井隆の短歌100首を引いて解釈・鑑賞するだけでなく、解説「調べのうたびと」を含め随所に岡井隆論が展開されるところに読み応えがある。
後年、彼が盛んに用いる理念化や抽象化の萌芽がすでに明確に表れている一首である。
短歌は究極のところ歌であり調べである、という岡井の韻律重視の考え方が垣間見える一首である。
アララギで培ったこのような写生の技術がこの歌の上句にも生かされている。写生はいつの時代も岡井の基底なのだ。
また、初期歌篇「O」から遺歌集『阿婆世』までの全36冊から満遍なく歌を選んでいるのが大きな特徴だ。まだ評価の定まっていない1990年代以降の岡井の歌についても積極的に取り上げている。
以前、角川短歌の座談会で永田和宏が「岡井隆を論じるのなら、最後まで論じなければあかん。だけど岡井隆の意義を論じるなら、『人生の視える場所』で終えたほうがいいと思う」(2020年10月号)と述べたことがある。
それに対して、この本では100首のうち59首が『人生の視える場所』より後の歌集から引かれている。その選びに著者の主張がはっきり表れていると言っていいだろう。
2023年11月20日、ふらんす堂、1700円。