384首を収めた第2歌集。
頰に雨あたりはじめる風のなか生きているのに慣れるのはいつ
冷えきったあばらにうすく印を烙くように聴診器はいくたびも
皿を置くときみは煙草をやめていた秋にしばらくそのままの皿
荷ほどきと荷造りの間を生きている夜はガムテープが剝がれてひらく
へたなりに卓球台をぴんぽんと跳ねればやたらはだける浴衣
剝げかけた青の針金ハンガーはシャツの気配をのこして揺れる
アーモンドフィッシュを皿にざらざらとおいで心にならない心
番台に小銭ならべてよく冷えた壜にざらりと刷られた牛よ
カラオケのぶあつい本を思い出す膝にかばんを預かるうちに
缶の緑はそのまま味にマウンテンデュー・スプライト・セブンアップよ
1首目、雨の冷たさを頰に感じながら慣れることのない人生を思う。
2首目、聴診器が胸へと当てられる感触を烙印に喩えたのが印象的。
3首目、灰皿を「皿」と言ったのがいい。使われない灰皿の寂しさ。
4首目、引っ越しから次の引っ越しまでの仮初のような生活が続く。
5首目、温泉などに泊まって遊ぶ卓球。ついつい力が入ってしまう。
6首目、上句の細かな描写がいい。剝き出しになったハンガーの姿。
7首目、まだはっきりと形を持たない感情に餌を与えているみたい。
8首目、銭湯や牛乳と言わず表すのが巧み。使い古された壜の感じ。
9首目、電車の席に座って、立っている人の鞄を持つ場面が浮かぶ。
10首目、味覚と視覚の共感覚。缶ジュースの味と色が一体になる。
2023年11月10日、短歌研究社、2000円。