318首を収めた第2歌集。
晩夏(おそなつ)のレモンを切り分けるナイフ 連帯してもしなくてもいい
『「育ちがいい人」だけが知っていること』という本ぜんぶ燃やして焼き芋
木は雪を、雪は硝子をくすぐって冬の終わりの始まりしずか
ワカサギのように心が反り返る怒っているのに元気と言われて
紙詰まりを放置されたるコピー機のつめたき胸へ手を差し入れる
サイダーのキャップを捻る瞬間に「元気だった?」と声がして 夏は
サモトラケのニケの両腕 妹と長く長く母を奪い合いたり
豆腐とはまず水の味、豆の味おわるころお坊さんの味なり
まよなかの雪をしずかに吸いながらみずうみ、傷はゆっくり癒える
てぶくろの指にすいっと縄暖簾分けて真冬の顔を見せたり
1首目、遠い昔に聞いた「連帯を求めて孤立を恐れず」を思い出す。
2首目「育ちがいい」という言葉への反発。「焼き芋」が真骨頂だ。
3首目、雪解けの様子だろうか。「くすぐって」に春の予感が滲む。
4首目、動きのある直喩が印象的だ。怒りが伝わらないもどかしさ。
5首目、コピー機が擬人化され、まるで悩みを取り除いているよう。
6首目、映画のワンシーンのように爽やか。炭酸の弾ける音がする。
7首目、姉妹で両腕を引っ張り合った末に腕がもぎ取れてしまった。
8首目「お坊さんの味」がいい。豆腐は精進料理にもよく使われる。
9首目、傷の癒え方のイメージ。「吸い」という動詞の選びがいい。
10首目、居酒屋などに入って来る人の姿。映像がよく目に浮かぶ。
2023年11月6日、左右社、1800円。