それぞれの影にもたれる黒松の遊歩道から海が見えるよ
松原の空はまばらに曇りつつサマータイムはまだ先のこと
ウミネコよ半日だけの旅行者の仮面をつけて串焼きを買う
狂うってよくないですよ手のなかの日が暮れるまで竜頭をいじる
低く飛ぶ 高くも飛べる サンマルクカフェを横切る夏のつばめは
年の瀬の摂津富田に逃げ込んでエデンの園の顚末を訊く
芸術は爆発してもいいけれどお一人様で餃子を食べる
人間のかたちに近いつぶつぶを数えてみたら青に変わった
山茱萸の実をふるわせて心にはむしろかたちがあると気がつく
ひとりでは心もとない豆腐屋のランチに人が並びはじめる
1首目「もたれる」という動詞の選びがいい。松が傾いている感じ。
2首目「松原」「まばら」の音が響き合う。「ま」の音は下句にも。
3首目「ウミネコ」と「串焼き」がいかにも旅先という感じである。
4首目、人間が狂うのかと思って読むと結句で時計の話だとわかる。
5首目、燕が夏空を自在に飛ぶ姿が初二句からうまく伝わってくる。
6首目「富田」「混んで」「エデン」と響き合う音が耳に心地よい。
7首目、岡本太郎のCMの激しいイメージから一転して下句は静か。
8首目、上句の言い方がおもしろい。歩行者用信号のLEDのことだ。
9首目、風に揺れる「山茱萸の実」が心の形をイメージさせたのか。
10首目、自分以外はみんなグループなどで店に来ているのだろう。
2023年9月10日、私家版、2000円。