副題は「「対話」の地平から」。
東京・中野にあったアイヌ料理店「レラ・チセ」に集う13名のアイヌの人々からの聞き書きをまとめた本。
アイヌ民族の文化伝承や権利回復のために運動しているアイヌの人々のなかにも、様々な考えがある。一人一人違うと言っていい。当然のことながら、同じ人の中でも年齢や生活環境によって考えが変化することも多い。
また、運動の場面の語りと生活の場面での語りにも違いがある。
彼(女)らは、一方で、運動の場においては、「弱者」「被害者」としての「アイヌ民族」という型にはまった言葉を用いて一定のストーリーを語り、他方では、それらの平板な言葉では語り尽くせない感覚をもって、日々の生活を営んできたのである。
大切なのは関係性やものごとを図式的に平板に捉えないことだろう。また、生身の人間の考え方や行動は一つに固定したものではなく、常に流動し変化するものだということも知っておく必要がある。
H氏は、型にはまった「アイヌ」/「日本人」といった二分法を課してくる側の見る者のまなざしに捉えられることのないアイデンティティを持ち、アイヌとしての自己意識と、日本人として生きていることとが深刻な葛藤をもたらすことのない柔軟なアイデンティティを生きているのである。
K氏が生まれた集落は、隣家を除いてすべてがアイヌの人の世帯であったため、かえって自分をアイヌだと自覚することはなかった。集落の内にいるかぎり、アイヌと名乗る必要性がなかったのである。
L氏には、アイヌ文化の研究者の書いた「きれいな文章」で、それぞれの人の「思い」が伝わるのだろうかという疑問がある。そして、アイヌの人々を「弱者」としてのみ捉える研究者には、差別の経験のないL氏のような人たちの思いは聞き届けられないのではないかと危惧する。
他者とのコミュニケーションや異文化理解について、多くのことを学ばせてもらう内容であった。
2007年11月15日、草風館、2200円。