2023年12月09日

時田則雄歌集『売買川』

著者 : 時田則雄
ながらみ書房
発売日 : 2023-12-01

帯広で農業を営む作者の第13歌集。タイトルは「うりかりがわ」。

トラクター積乱雲に向かひつつ進む馬鈴薯の花ふるはせて
細く長く林檎の皮を剝く妻を見てをり黄なる目玉の猫が
長靴のなかでいちにち過ごしたる指を湯槽で解してをりぬ
バックホー巨大な穴を掘り終へて影を伸ばしてゐるなりゆふべ
奪ふやうにスイートコーンを捥いでゐる肩まで白い霧に濡れつつ
蝉時雨浴びつつ墓を洗ひをり母の背中を洗ひしやうに
牛糞堆肥積みたるダンプ白き湯気たなびかせつつ国道を行く
新雪を蹴散らし駆けて来し馬の眼に映りゐる青き空
新しい地下足袋履いて草を取る百五十間畝に添ひつつ
光りつつ蛇口より出づる棒状の水もて顔面洗ひてをりぬ

1首目、トラクターや積乱雲の力強さが下句の繊細さを引き立てる。
2首目、われが見ているのかと思って読んでいくと最後に猫が登場。
3首目、縮こまって固くなった足の指に血が流れ疲れが取れていく。
4首目、一仕事終えて、人間なら腰や背中を伸ばしたりするところ。
5首目、「奪ふやうに」が印象的だ。早朝に収獲しているのだろう。
6首目、墓石を洗う時の手の動きによって生前の母の姿を思い出す。
7首目、堆肥が醗酵して熱を発している。北海道ならではの光景だ。
8首目、一面の雪景色と青空。生き生きした馬の動きが目に浮かぶ。
9首目、数詞が効果的。150間は約272メートル。黙々と草を取る。
10首目、「棒状の水」がいい。肉体を使う労働の充実感が伝わる。

2023年12月1日、ながらみ書房、2300円。

posted by 松村正直 at 17:51| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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