巻頭に金子光晴の詩「駅」を置き、続いて駅に関する随筆32篇を収めている。宮脇俊三の選びだけあって、どれも鉄道愛に溢れた味わい深い文章ばかり。
自動車をドライヴすると同じ気持で、省線山手線をドライヴすることは一層快適なことにちがひない。うちに居て退屈して仕方のないとき、心の鬱して仕方のないとき或は心が逞しくてぢつとしてゐられないときなど、必ず一度は試むべきものではないだらうか。
/上林暁「省線電車」
「ガード下」というのは町のなかの裏通りではあるのだが、それは決してさびれたところではない。むしろ町で暮らしているさまざまな人間の喜怒哀楽が、まるで焼き鳥の煮込みのようになってぐつぐつとたぎっている人間臭い場所である。
/川本三郎「「ガード下」の町、有楽町」
ある日小瀬温泉口駅まで行くと、草津の方から来る電車が二、三時間延着すると駅長が言った。ということは、それが来るまでこっちの電車も動かないということなのだ。ワケを訊くと、上州方面から油虫の大群が飛んで出てレールに密集したため、それをいまガソリンで焼きつつあるのですという。
/北條秀司「幻の草軽電車」
旭川空港―旭川駅前間の旭川電気軌道バスといい、鉄道がなくなっても往時の社名を名のっている会社は全国に数多い。社名変更は経費がかかって大変だから、そのままになっているのだろうが、先人の歴史をしのぶ気持ちもはたらいているのではなかろうか。
/種村直樹「三菱石炭鉱業南大夕張駅」
中国の列車食堂というのは、車輛に鍋釜を持ち込んで、竈に勇ましく火を起し、一つ一つ料理にあの炎と油の祭典を繰りひろげるのだ。日本の列車食堂では電子レンジ出身の去勢された料理ばかりだが、ここではいきのいい素朴な惣菜にありつける。
/桐島洋子「莫斯料(モスクワ)行れっしゃはやおら黙念と北京駅を離れた」
どれもいいなあ。駅もいいし、文章もいい。
読んでいると、鉄道の旅に出たくなってくる。
1990年7月25日、作品社、1300円。
北條秀司さんのエッセイにある油虫というのは「飛んで出て」とあるので、アリマキではなくゴキブリだと思いますが、いずれにしても気色わる!(虫は好きです)
そう言えばつい先日(11/6)JR山陽線の瀬野駅〜八本松駅の急勾配区間(通称セノハチ)で、ぬれた落葉のために列車の車輪が空転して運行できなくなったというニュースを聞いて、現在でもこんなことがあるんだなと思ったばかりです。
小瀬温泉口駅跡はぜひ訪ねてみたいです。
私はアリマキの方かと思ってました。調べてみると翅の付いたアブラムシもいて、飛んで移動するようです。
引用部分に続いて「そうしないと電車が滑って脱線する危険があるというのだ」とあって、やはり事故予防の処置ですね。それにしても、どれだけ多くの虫が集まっていたのでしょう。