2023年11月15日

郡司和斗歌集『遠い感』

著者 : 郡司和斗
短歌研究社
発売日 : 2023-09-30

2019年に第62回短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。
2017年〜2023年の作品333首を収めている。

表紙にKOURYOUさんのアート作品が使われていて、カバーのそでに作品解説が載っている。こういうのは初めて見た気がする。

春日さす父の机の引き出しをあければ歴代の携帯電話
引っ越しの準備の手伝いを終えて床にひろげるオリジン弁当
寝室と居間と仏間と台所にテレビが置いてあるばあちゃんち
ベーコンの厚みのようなよろこびがベーコンを齧るとやってくる
まあ親子で死んで良かったねと煎餅齧りながらニュースに母は
からあげの下に敷かれた味のないパスタのように眠っています
座布団が頭に乗っているようなねむみ 新宿行きにゆられる
芸人が笑顔で食べる赤ちゃんと同じ重さのカレーライスを
オフサイドをなんど説明すりゃわかる夜のこころは蜜柑のこころ
定食屋のテレビに映る定食屋 こっちでは生姜焼きを食べてるよ

1首目、処分されないで残る古い機種。「歴代の」に存在感がある。
2首目、テーブルや食器は荷造りされて部屋が空っぽになっている。
3首目、どこにいてもテレビが見られるように。「仏間」が印象的。
4首目、ベーコンの厚切りには幸福感がある。何とも美味しそうだ。
5首目、不謹慎だけれどよくわかる話。どちらが生き残っても大変。
6首目、弁当でよく見かける謎のパスタ。無力感と脱力感が伝わる。
7首目、比喩が面白い。電車の中で次第に頭が重くなっていく感じ。
8首目、重さの話なのだがまるで赤ちゃんを食べているようで怖い。
9首目、毎回のように聞かれるのだろう。下句に諦めの気分が滲む。
10首目、まるでパラレルワールドみたいな不思議な感覚を覚える。

本歌取りのような歌が随所に出てくるのも楽しい。

1円玉二枚をずっとポケットのなかでいじっている 朧月
冬の日の光の痛い道にきて精巣を吊るしながら歩いた
じゃんけんにあいこで人に生まれたわ 握れば水になる牡丹雪
大みそかの渋谷のデニーズの席でずっとさわっている1万円
/永井祐『日本の中でたのしく暮らす』
卵巣を吊りて歩めるおんならよ風に竹群の竹は声あぐ
/阿木津英『紫木蓮まで・風舌』
じゃんけんで負けて螢に生まれたの
/池田澄子『空の庭』

2023年9月30日、短歌研究社、2000円。

posted by 松村正直 at 23:07| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先生は一日一冊のぺースで本を読まれるのですか?毎日の記事を見ていて凄いなあと思いました。
Posted by 梅田純一 at 2023年11月16日 16:09
梅田さん、コメントありがとうございます。
だいたい「歌集」と短歌以外の「単行本」「文庫本」の3冊を並行して読んでいます。歌集を読むのは半分くらい仕事のようなものですね。
Posted by 松村正直 at 2023年11月16日 22:22
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