2023年11月01日

睦月都歌集『Dance with the invisibles』


2016年から2023年の作品332首を収めた第1歌集。
修辞の味わいを存分に堪能できる一冊。

灯油売りの車のこゑは薄れゆく花の芽しづむ夕暮れ時を
冬のひかり路地にまばゆし 人らみな郵便局に吸はれゆくなり
木のスプーン銀のスプーンぬぐひをへ四月の午後は裸足でねむる
天文台の昼しづかなるをめぐりをりひとり幽体離脱のやうに
円周率がピザをきれいに切り分けて初夏ふかぶかと暮るる樫の木
サンペレグリノの緑の瓶をつたひゆく汗・ねむくなる・ひとりでゐると
猫といふさすらふ湖(うみ)がけさはわが枕辺に来て沿ひてひろがる
歩むこと知らずひた立つ橋脚が彼岸に渡すわれの自転車
まだ青いどんぐりの実が落ちてゐる ふざけてゐて落下した子供
寝込んでゐて見逃した皆既月食のひと口食べて残す麦粥
散るといふよりも壊れてゆきながら体力で立つ桜みてゐる
御影石みがきてをればわが生(いき)の手もそちらへと映りこむなり

1首目、聴覚も視覚も薄れて遠ざかってゆくような静謐さを感じる。
2首目、サイレント映画のシーンのようだ。「吸はれゆく」がいい。
3首目、スプーンの柄の長さや匙の丸さが「裸足」とよく響き合う。
4首目、日常生活を離れた空間。でも夜ではないので星は見えない。
5首目、上句が鮮やか。ピザの円周を直径によって切り分けていく。
6首目、下句のひらがなや「・」の生み出すリズムが呪文のようだ。
7首目、気まぐれな猫の様子。ロプノールのように変幻自在である。
8首目、上句に発見がある。「脚」という名前だが歩くことはない。
9首目、下句は人間に喩えたらということか。もう枝には戻れない。
10首目、丸い器に入った麦粥のイメージが皆既月食と重なり合う。
11首目、最後の力を振り絞るような姿。「壊れて」に迫力がある。
12首目、つややかな墓石の表面が、生と死を隔てる境界線なのだ。

2023年10月2日、角川文化振興財団、2500円。

posted by 松村正直 at 22:24| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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