330首を収めた第2歌集。
タイトルは「心臓」を意味するエスペラントとのこと。
黙りこくることも返事で茉莉花が廃都の塔に咲き上るさま
ゆるせないって口に出せたらすこしだけ瞳の奥の天窓が開く
枯れた花折って袋に入れていく袋のうちがわずかに曇る
落ちてからさらに重たくなる椿 ぼくを潰せるのはきみだけで
一生、と僕はあなたに言うけれどまだ見たことのない月の皺
人ならざるものの首のせ湖(うみ)近き卓に白磁の皿を置きたり
音を立て白木蓮が散ってゆく郵便受けを何度も覗く
ボトルシップの底に小さな海がある 語彙がないから恋になるだけ
きみの家にきみを帰してレンタカーをレンタカー屋に返して 夏は
寝た人の息がこの世を深くするそこまで落ちるため眼を閉じる
1首目、初二句に発見がある。その後のイメージも映像的で鮮やか。
2首目、思いを言葉にすることで、心や視界にも風穴が空く感じだ。
3首目、まだ完全には死んでおらず、呼吸などで蒸気を出している。
4首目、地面に落ちた椿のボテッとした感じ。取り合わせも印象的。
5首目、誓いの言葉として使うが、誰も実際に体験したことはない。
6首目、初二句にドキッとさせられる。フローティングフラワーか。
7首目、待ち遠しい郵便。白木蓮の厚い花びらが葉書や封筒みたい。
8首目、人間の関係は多様なのに「恋」として括られてしまいがち。
9首目、「かえして」の繰り返しがいい。楽しかった時間の終わり。
10首目、深い所へ落ちてしまった人と同じ場所へ自分も行きたい。
2023年8月31日、書肆侃侃房、2100円。