「かまくら春秋」に連載された文章など35篇を収めたエッセイ集。モノクロ写真15点も掲載されている。
短歌と同じくユーモラスで温かみがある一方で、しんとした孤独感も強く滲む。
去年の暮、五年ぶりに二月余り当もない放浪の旅をつづけてきた。道すがら信州の鳥居峠の新しい根雪の上に凍てついている野兎の糞を、手の平にすくって食べた。それは索莫とした放浪の味に似ていた。
歌を作るのにはいろいろな条件がいるが、精神のコンディションを調整することが私にとってまず先決である。歌の秘密というとおこがましいが、結局それに尽きるのではあるまいか。不仕合わせを、少しずつ生活の意識の中に混ぜておくのが精神のバランスである。
江之島から七里ヶ浜は若布と天草の穴場である。由比ヶ浜は昆布とバカ貝、材木座は浅蜊とつぼだ。小坪の岩場は海胆と海鼠である。海鼠は砕いて塩水で洗って目を細めて食べるとよい。海胆は岩に叩きつけてがぶりと噛みつくと実においしい。
新聞の隅にのっていた親子心中の記事を切り集めておいたのが随分溜まった。二日がかりで日記の日付に合わせてはる。このへんてこりんな仕事はこれからも続くだろう。
「親子心中」の新聞記事を切り抜いて集めている方代。こんなところに、この人の抱える闇の深さが垣間見える。
1991年9月7日、かまくら春秋社、1263円。