2023年10月24日

後藤由紀恵歌集『遠く呼ぶ声』


2013年から2021年までの作品481首を収めた第3歌集。

木の下にラジオ体操するひとを橋の上から今朝は見かけず
うすがみに結びし縁をうすがみに解く冬までを妻なりしわれも
ほろほろとパン屑こぼす窓際に老女のわたし微笑みながら
砂を這う風の強さは写らねど髪なびかせて俯くあなた
あれが穂高、とあなたが指せばどの山も穂高となりてわたしに迫る
窓に雪あかるみているこの部屋にひとりのための湯を沸かしおり
あん肝もポテトフライも頼みたる四十代の胃袋よけれ
途中まで身綺麗でありし祖母なれど惚けしことのみ語られゆくか
家中のいちばん寒き部屋にある二列にならぶ四角い餅が
火ぶくれのひとさし指のゆびさきが心臓となり早鐘を打つ

1首目、木と人と橋の構図が面白い。いつもの人がいなかったのだ。
2首目、結婚届と離婚届。大事な届けなのになぜか紙は薄っぺらい。
3首目、他人ではなく「わたし」。齢を取った自分の姿を想像する。
4首目、写真に残された髪の様子から風の強さがありありと伝わる。
5首目、相手に寄せる信頼感。知らない人にはどれも同じに見える。
6首目、自分ひとり分のお湯。外の明るさが喪失感と孤独を深める。
7首目、年配の人の好みも若者の好みもわかる。健康的で健啖家だ。
8首目、認知症になった晩年の姿で一生を覆われてしまうかなしさ。
9首目、傷まないよう冷暗所で保存する。隊列を組んでいるみたい。
10首目、心臓が指先にあるかのようにズキンズキンと痛みが襲う。

2023年10月9日、典々堂、2700円。

posted by 松村正直 at 13:36| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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