以前から関心を持っている西部軍事件(昭和20年6月から8月にかけて福岡市の油山などでアメリカ軍の捕虜30名以上が処刑された事件)をモデルにした小説。
以前読んだ小林弘忠『逃亡―「油山事件」戦犯告白録』と同じく、2年以上にわたって逃亡生活を続けた人物が主人公となっている。
https://matsutanka.seesaa.net/article/484902418.html
捕虜を処刑する生々しい場面、戦犯として追われる身になった心情、戦後の変わりゆく社会、裁判の様子などが丁寧に描き出されている。やはり吉村昭の小説は読ませる。
主人公は姫路のマッチ箱工場で逃亡生活を送る。
橋の上からは、城の全容が望まれた。天守閣や櫓の壁の白さが眼にしみた。工員からきいた話によると、城が戦災にあわず残されたのは、貴重な史蹟である城を惜しんだアメリカ空軍の措置だという声が専らだという。が、琢也は、それは偶然の結果で、大規模な都市への焼夷攻撃を執拗に反復し原子爆弾まで二度にわたって投下したアメリカ空軍が、そのような配慮をしたはずはなく、おそらくそれは、アメリカ占領軍が宣撫工作のためにひそかに流した噂にちがいない、と思った。
こうした噂は戦後も長く残り続けたようだ。でも実際のところは、この主人公の考えたように偶然の結果に過ぎなかったことが明らかになっている。
https://www.kobe-np.co.jp/news/backnumber/201707/0011622977.shtml
1984年7月25日発行、2021年9月30日20刷。
新潮文庫、490円。