副題は「構想された真実」。
中本義彦訳。原題は〈Truth Imagined〉。
エリック・ホッファー(1902‐1983)が『大衆運動』を刊行して著作活動に入る以前の生活について記した本。巻末に72歳の時のインタビューも載っている。
7歳で失明し15歳で視力は回復したものの18歳で両親を亡くし、28歳で自殺未遂を起こす。その後、季節労働者や港湾労働者として長年働き続けた。
旧約聖書に登場する人物で活力のない者は、ほとんどいない。王、聖職者、裁判官、助言者、兵士、農夫、労働者、商人、修行者、預言者、魔女、占い師、狂人、のけ者など、ページの中には数え切れないほど多くの主人公たちが登場する。
われわれは、貧民街の舗道からすくい上げられたシャベル一杯の土くれだったが、にもかかわらず、その気になりさえすれば山のふもとにアメリカ合衆国を建国することだってできたのだ。
開拓者とは何者だったのか。家を捨てて荒野に向かった者たちとは誰だったのか。(…)明らかに財をなしていなかった者、つまり破産者や貧民、有能ではあるが、あまりにも衝動的で日常の仕事に耐え切れなかった者、飲んだくれ、ギャンブラー、女たらしなどの欲望の奴隷。逃亡者や元囚人など世間から見放された者。
四十歳から港湾労働者として過ごした二十五年間は、人生において実りの多い時期であった。書くことを学び、本を数冊出版した。しかし、組合の仲間の中に、私が本を書いたことに感心する者は一人もいない。沖仲士たちはみな、面倒さえ厭わなければできないことはないと信じているのである。
こうした話には、労働者や社会的弱者の持つバイタリティに対する畏敬の念がある。それは、人間が本来誰でも持っているはずの生きる力に対する信頼と言ってもいい。
誰かといるよりも孤独を好む一方で、街で知らない人に話し掛ける気さくな一面も持っている。
私が「何かお手伝いしましょうか」と冗談半分に声をかけると、彼は頭を上げて、初めびっくりしていたが、私に微笑みかけた。彼が読んでいたのは紙が黄色くなったドイツ語の本で、もう一冊は独英辞典だった。
明らかに初めての来訪で、列車を降りた場所であたりを見回している。様子を見ているうちに、急に話しかけてみたくなり、足早に彼女たちに近づいて「何かお手伝いしましょうか」と声をかけた。
ちょっと寅さんに似ているところがあるかもしれない。
2002年6月5日第1刷、2021年5月20日第25刷。
作品社、2200円。