2023年09月23日

佐藤華保理歌集『ハイヌウェレの手』


「まひる野」所属の作者の第1歌集。
2000年前後から2019年までという長い期間の歌が収められている。

南北を海側山側という街のわたしは常に海を指す針
アイラインを引こうとのぞく鏡面の裏側があるなら常にくらやみ
冷たくも暖かくもない終い湯に長く浸かれば消えゆくごとし
こまごまと叱る言葉のおおかたは鳥語であれば子にはとどかず
おもそうに落ちゆくをみる髪の毛がゆうぐれが美容室のすみに
七年後だれかがはずすクリップを機密書類と箱にしまえり
いくまいも花びらをのせ深い沼のようにしずもる黒いボンネット
おおいなる四股とおもえりプレス機が日がな社屋をゆらしておりぬ
メモが貼れる落ち着くなどと近頃はオフィスの一部になる仕切り板
格別なフルーツサンドがあるという長き行列が果てるところに

1首目、神戸ではこういう言い方をする。方位磁針になったみたい。
2首目、自分の内側にある得体のしれない暗闇を覗き込んでしまう。
3首目、重力も温度も何も感じなくなって身体の輪郭が溶けてゆく。
4首目、効果がないとわかっていても小言を言わずにはいられない。
5首目、「髪の毛」と「ゆうぐれ」の並列がいい。世界が遠い感じ。
6首目、保存期間は7年。その時に自分がまだいるかはわからない。
7首目、ボンネットに周囲の景が映って沼のような奥行きを感じる。
8首目、毎日揺れることに慣れてくると安心感や頼もしさを覚える。
9首目、コロナ対策で導入された仕切り板が意外と好評だったのだ。
10首目、明るい色のフルーツサンド。永遠に届かない希望みたい。

2023年3月15日、本阿弥書店、2600円。

posted by 松村正直 at 12:13| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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