2017年から2022年の作品367首を収めた第2歌集。
タイトルの「Heel」は踵やハイヒールの意味かと思ったらそうではなく、プロレスの「悪役」の意味で使われていた。
独りきり蕎麦すする春ここよりは硝子徳利で作る結界
四貫の寿司折を買い四口で昼飯終わる新幹線に
練習をサボると痙攣する指に今日はショパンのポロネーズ弾かす
バランスを微妙に崩し着地する蝶のごと美しき音色を探る
水飴を入れない母の栗きんとん愛想のない子供だったね
〈私〉がずっと連なっているようなきし麺啜る駅のホームで
生きている母には作らなかった粥供えれば湯気のつやめいており
まず非正規から疑われる窃盗犯 砂時計には季節がないね
一人では飲まないジャスミンティーの茶葉戸棚に残る父のキッチン
使い切れない石けんと歯ブラシとポケットティッシュ溢れる空き家
1首目、カウンターに置いた徳利によって、自分だけの世界を作る。
2首目、あっけなく食べ終ってしまう。「四」の繰り返しが効果的。
3首目、練習をすると痙攣するのではなく、しないと痙攣するのだ。
4首目、ピアノの鍵盤に触れる感覚を独自の比喩によって描き出す。
5首目、上下句の取り合わせが絶妙。母との微妙な関係が窺われる。
6首目、平たくまとわりつくきしめんを自意識に喩えたのが面白い。
7首目、上句がせつない。母の死によって感情も変化したのだろう。
8首目、正規か非正規かは別に関係ないずだがそう見られてしまう。
9首目、夫婦一緒に飲んでいたのだろう。一人暮らしの父の寂しさ。
10首目、大量に買い溜めしてあった品々が喪失感を深く思わせる。
両親が亡くなった悲しみに浸る一方で、たぶん作者は少し自由になったのかもしれないと思った。
2023年5月10日、短歌研究社、2200円。