副題は「知里幸恵と『アイヌ神謡集』」。
昨年没後100年を迎えた知里幸恵の評伝である。タイトルは「美しい鳥」を意味するアイヌ語。
生い立ちから金田一京助との出会い、上京、そして死に至るまでの軌跡と『アイヌ神謡集』の刊行から現代までの話を描いている。
幸恵の洗礼名はどの資料にも記されていない。創氏改名が進んでいた時期で、アイヌ名もつけられていない。幸恵が生まれたのは、アイヌたちが根底から覆されたアイヌの暮らしを立て直そうと、力を振り絞って生き残ろうとしている時期でもあった。
一九二〇年代末には、青年の多くはアイヌ語を用いないし、知らないとの調査の記録があるが、学校教育がアイヌ語の急激な喪失にどれほど加担したかを物語っている。
「ユカㇻ」は一般的に使われだしたのは、一九九〇年代後半から。この頃からアイヌ語学習が盛んになり、表記も発音に忠実になってきた。その流れを受けて、二〇一六年からは『北海道新聞』が紙面でアイヌ語の表記に関しては独特の小書きのかなを使用するようになる。
追い打ちをかけるように、発刊直後の九月一日に関東大震災が発生。『アイヌ神謡集』に関する重要ないくつもの資料は消失してしまった。修正が入ったタイプ原稿もいまだに見つかっていない。
『アイヌ神謡集』については、今もいくつかの謎が残されている。
それにしても本当になぜ、「アイヌ神謡」という特異なテーマであるのに、金田一による解説は何もなされなかったのだろう? 岩波文庫版の知里真志保の論文も、この本のために書かれたものではないので、幸恵の世界に誘うには適役とは言い難い。
刊行100年を迎えた今年、ちょうど岩波文庫『アイヌ神謡集』の補訂新版が出た。中川裕の解説も付け加えられているので、そちらもまた読んでみたい。
2022年4月27日、岩波書店、1800円。