2023年09月12日

佐クマサトシ歌集『標準時』


第1歌集。235首を収めている。

陽に焼けた地図のどこかが国境で息がきれいになるガムを噛む
この部屋にあなたのいない朝夕の二回に分けてお飲みください
現代のこの街が舞台のアニメには行ったことのある駅も出てくる
右に君、左に知らない人がいて、知らないの人の読んでいる本
席を立つときそのままでいいですと言われた 春の花瓶の横で
ドライヤーをかけている間は何ひとつ聞こえないので髪を乾かす
ぷよぷよが上手な人の中にある抽象的なぷよぷよのこと
PKでもらった点を守りきる サッポロポテトに途中で飽きる
すれ違う人のコートの印象の次第に薄れていくキャメル色
人にみな脳があること 双子用ベビーカーが越える小さな段差

1首目、音の響きがいい。地図の中に入り込んでしまうような感じ。
2首目、三句「朝夕の」が蝶番のように上句と下句をつないでいる。
3首目、アニメの世界と現実の世界が反転したような味わいがある。
4首目、横並びの席に座っているところ。本のことが気になるのだ。
5首目、カフェで返却口に運ぶのを止められて、何となく気まずい。
6首目、論理が逆転しているのが面白い。髪を乾かすしかできない。
7首目、画面上のぷよぷよより先に脳の中のぷよぷよが動いている。
8首目、P音や「きる」「飽きる」の脚韻など音の響きが印象的だ。
9首目、すれ違う前、すれ違う瞬間、すれ違った後という時間経過。
10首目、双子の赤子の二つの脳が段差に揺れるのが透けて見える。

2023年6月30日、左右社、1800円。

posted by 松村正直 at 09:02| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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