203首を収めた第1歌集。
女性が現代の日本に生きることの大変さが繰り返し詠まれている。「Ms. たらこくちびる」と題する連作が良かった。
おんなというもの野放しにして生きるには多すぎる爆撃機
見たことのないヘルシンキの水平線そこはそこでの生きづらさ
贅沢はずっと言わないまま生きて移民のように日本で過ごす
妊娠のふたもじは女偏でありひとつを男偏で書いてみる
月よりもそばにいたいよ鼻息で産毛を揺らすぐらい近くに
トースターで焼いたたらこみたいになる二月のたらこくちびるは
もう何も言わないことにしたサンドイッチのハムとして挟まってる
ナンを焼く異国の人のオレンジのTシャツを茶色にする汗
我慢をする十分咲きの桜のような我慢をする肛門締めて
賃金のすくなさ自転車を漕ぐちから肉まんふたつ分のおっぱい
1首目、女性が自由に振舞おうとすると数多くの圧力や反発に遭う。
2首目、遠い国へ行けば生きづらさがなくなるというわけでもない。
3首目、安心感や満足感を得られず居場所のないような心地なのだ。
4首目、妊娠出産に関するすべてが女性の役割や責任にされている。
5首目、初二句と三句以下の距離感のアンバランスな感じが面白い。
6首目、乾燥したくちびる。やや自虐的にユーモラスに描いている。
7首目、何を言っても無駄との思いだろう。強い意志の表明である。
8首目「オレンジ」と「茶色」では色の持つイメージが大きく違う。
9首目「十分咲き」がいい。花びらをこぼさないように耐えている。
10首目、開けっ広げな詠みぶりに力がある。自己肯定感が伝わる。
2023年4月6日、書肆侃侃房、1500円。